2012年8月23日木曜日

書評『原発を拒み続けた和歌山の記録』


『原発を拒み続けた和歌山の記録』
汐見文隆 監修 「脱原発わかやま」編集委員会 編
寿郎社/1500円+税


若狭湾に集中して原発は設置された。それに対してバランスをとるために関西電力は紀伊半島に目をつけ、和歌山県内に5カ所の候補地をあげて、動きだしたのは1967年だった。しかし結果的には1カ所も成立しなかった。和歌山県だけでなく、三重県にも原発はなく、紀伊半島には原発はゼロのまま2005年に「電源開発促進重要地点」の指定がすべて外れたのだった。

候補地住民は確かによく闘って悪魔の爪から逃れることができたが、他の県と比較してうまくいった、と宣伝した内容の報告ではない。読後の感想としては、いくつかのいい要素が重なったり、幸運に恵まれたりして、辛くも逃れえたことのレポートと思う。一旦国策として取り上げられたものを覆すことは、まず不可能なほどのことだ。それを成し遂げた感想として日高町「原発に反対する女の会」の鈴木静枝さんが、「…原発というのは禁句でして、うっかり言っては平和を掻き乱すような言葉になってしまうので、もうその話題は皆避けるようにしています。やっぱり私らの喧嘩した年代が死んでしまわない限り、その傷痕というのはとれないだろうと思いますね。」と言っている。反対か、賛成か、であらゆる関係が切断された壮絶な闘いが偲ばれる。

フクシマでも、県外に移住した人と、現地にとどまっている人との間に、反目のようなものが生まれてきているということを聞く。原発は放射能を降りそそぐだけではなく、設置以前からさまざまなものを切り裂く魔物なのだ。

狙われたのは、那智勝浦の太地町、古座町、日置川町、日高町(小浦と阿尾)で、関西電力が仕掛けた攻勢は他のところと同じく凄まじいものだった。首長はご多分に洩れずすぐ国策に靡く。どの候補地でも何度となくもうダメか、という崖縁に立たされている。いくつかの成功の要因に、早くからこれ以上電力需要は伸びないから、原発は不要と警鐘を鳴らした地元の勉強家がいたこと。和歌山にごく近くの熊取に京大原子炉実験所があり、あの小出先生らの「熊取六人衆」が手弁当同然で講義にきてくれたこと。スリーマイル島の事故、チェルノブイリ原発事故発生報道がそれまでの「安全神話」を揺るがしたこと。賛否両論あった漁協もよくふんばり、女たちの「美しい海と子どもを守ろう」の強い意思と学習の継続。これらは大なり小なりどの候補地でも同じような抵抗となって現れた。それがここでは僅差で功を奏したのだといえそうだ。

「国策」という企みはいつどこに、どういう形で私たちに降りかかってくるかわからない。原発はもう作られないから安心だとは言えない。現に、日置川町の関電が取得した広大な土地は手放されていない。「使用済み核燃料の中間貯蔵施設」にされるのでは、と警戒を解いていないと。この報告書は、国家からの巨大な災厄に立ち向かうための指南書たり得ると思われるので、一読をお薦めしたい。

(凉)
反「改憲」運動通信 第8期5&6号(2012年8月22日発行、通巻173・174号)

2012年8月16日木曜日

研究者が蝶の奇形を調査


研究者が蝶の奇形を調査
──フクシマの原発事故後(南ドイツ新聞2012年8月14日付け)

琉球大学の大瀧准教授のグループによるヒバクチョウの発表については日本でも一部で取り上げられているし、ドイツ在住のジャーナリスト、梶村太一郎氏がそのブログの中でも詳しく報告(http://tkajimura.blogspot.de/2012/08/the-biological-impacts-of-fukushima.html)しているが、南ドイツ新聞でもその記事が出たので、それを翻訳する。(ゆう)

本文はこちら: http://www.sueddeutsche.de/wissen/nach-nuklearkatastrophe-von-fukushima-forscher-beobachten-missbildungen-bei-schmetterlingen-1.1441389

色は鮮やかなブルーでクローバーのような形、それがシジミチョウの通常の羽である。事故を起こした福島第一原発の周辺で日本の研究者たちがこの種のチョウの奇形を観察した。数世代後でもこのような突然変異が確認された。

事故を起こした福島第一原発から65km南にあるいわきでは、この夏、すでに家族連れや若者たちのグループが海水浴を楽しんでいる。しかし、自然は人間ほど簡単に、2011年3月にこの地方を襲った大地震と津波の後起きた原発事故を忘れてはくれないようだ。そして、研究者たちがこの原発周辺でチョウの奇形を確認した。

羽が乱れたシジミチョウ
日本の研究者たちは福島第一原発周辺でチョウの
突然変異を確認した(© dpa)。

沖縄の琉球大学の科学者たちは、すでに放出され、いまだに放出されつつある放射能が、何世代にも渡って遺伝的変異を招くことを発見した。調査されたシジミチョウ類のチョウで、幼虫の段階で福島原発から放出された放射線物質を被爆したチョウの内、12%が羽の縮小や目の変形などの奇形を示した。

研究者たちはこれらの成虫をさらにラボで交配させた。これらのチョウの2世代目も18%が同じく異常を示した。第3世代では、片親が別の個体群の健康なチョウであるにもかかわらず、奇形のある割合がなんと34%まで上昇した。

科学者:チョウの遺伝子が損傷

福島第一の事故で放出された放射能がチョウの遺伝子を損傷したことが、この調査で証明された、と語るのは琉球大学の大瀧丈二氏である。彼は同時に、性急に結論を出してはいけないと警告する。この調査で得た認識は、そのままほかの種や人間に当てはめられるものではないという。研究者たちはほかの種における調査研究を計画中だ。

6月にはすでにYouTubeで耳なし白ウサギの動画が出回り、物議をかもしたばかりだ。このウサギは、福島第一原発そばで産まれたという。しかしこの動画やウサギの出所は完全には証明されていない。

2011年3月11日に起きた大地震とその後の津波により、福島第一原発は大事故を起こした。3つの原子炉で炉心溶融がおき、広範囲が放射性物質により汚染された。これは1986年のチェルノブイリ以来、最大の原発事故である。

2012年8月12日日曜日

放射能の輸出


長い間お休みして失礼しました。17年間住んだシュベービッシュハルを離れ、やっとベルリンへの引越しを実現し、これからはドイツの首都からお便りします。2011年9月にピープルズ・プラン55号に書いた「3月11日以降の世界-ドイツから」(無限遠点では2012年2月に掲載)でもテーマにした、ドイツのダブルモラルのことが、また南ドイツ新聞で取り上げられていたので、それを翻訳しました。(ゆう)

放射能の輸出
──外国の原子力発電所の貿易保証をするドイツ政府
マルクス・バルザー(南ドイツ新聞、2012年8月11日付)

本文はこちら:http://www.sueddeutsche.de/wirtschaft/deutschland-buergt-fuer-atomkraftwerke-im-ausland-strahlender-export-1.1438668

「原発? おことわり」これはドイツ政府ではどうやら、国内でしか通用しないことらしい。ドイツは国内で脱原発を決定したが、同時に政府は外国での原子力発電所の保証を検討している。これには連立政権のパートナーも黙っていないかもしれない。というのも、それはチェコにある疑問の多い原子炉のことだからである。

日本で原発事故が起きた後、首相のアンゲラ・メルケル(CDU)が怯えていたことは明らかだった。「フクシマは私の原子力エネルギーに関する態度を完全に変えた」と彼女は2011年3月半ばに語っていた。彼女いわく、「あれほど技術の進んだ日本ですら原子力エネルギーのリスクは制御できないことが、あの最悪の事故でわかった」と、そしてそれは国境を越えるリスクなのだと。ドイツはそして、2022年に脱原発を実現する。

しかし、だからといってベルリンが東ヨーロッパや新興工業経済地域に建設される新原発の促進もあきらめるとは意味していない。南新聞が得た情報によれば、評判の高いドイツ政府の保証をいくつものプロジェクトが手をこまねいて待っている。それはつまり、必要に迫られれば、ドイツの税金で金融援助が行われるということだ。そうなれば安全性が問題視されている原発ですら、貿易保証を得ることになる可能性がある。

FDP(訳注:メルケル首相の下連立政権をキリスト民主同盟CDUとつくっている自由民主党(FDP))党首フィリップ・レスラーが大臣を務める経済省の文書がその事実を証明している:ドイツ政府は複数の国際的原発プロジェクトに対し、原則的にドイツ政府保証を与える用意のあることを表明した、という。いわゆる「ヘルメス・カバー」と呼ばれるドイツ政府による貿易保証はドイツの機械部品やサービスの輸出におけるクレジット保証である。ドイツ政府はジャイタプール(インド)、テメリン(チェコ)、ウィルファ(イギリス)、それにオルキルオト(フィンランド)での原発プロジェクトに対する保証申し込みを検討するため、「Letter of Interests」(関心表明)を「すでに発行済み」という。これは、南ドイツ新聞のもとにも届いている、緑の党の連邦議会議員であるウテ・コシー氏の問いに対する経済省からの回答から抜粋した内容だ。更に、貿易保証に対する省庁間の委員会には、チェルナヴォダ(ルーマニア)や海南(中国)でのプロジェクトにも問い合わせが来ているという。これで合計して6つのプロジェクトが貿易保証を待ち望んでいることになる。

しかしながらこれらのプロジェクトのいくつもが、かなり問題視されているものである。例えば中国は、海南島で独自の建設を始めているが、その安全基準に対して専門家は強い批判を寄せている。インドのジャイタプールでは、ドイツのエアランゲンにも工場を持っているフランスの原子力産業企業アレバ社が、世界最大の原発施設を建設する計画だ。7つの原子炉を地震と津波が起きやすい地域の真ん中に建てようという。ここは1985年から2005年の間だけで、なんとほぼ100回もの地震があった場所だ。ルーマニアのドナウ川の下流にあるチェルナヴォダでは、環境保護グループが何年も前から40億ユーロと査定される原子炉2基の建設について警告している。建設予定敷地の基盤はヨーロッパでも最も活発とされる活断層の1つだという。ドイツ第二のエネルギー企業RWEではたくさん抗議が寄せられたあとで去年、このプロジェクトから手を引いたばかりだ。

環境保護者にとっては、貿易保証の申し込みと保証がおりる可能性は大きな不安の種だ。「原子力産業の輸出意欲に関しては、ドイツ政府はまるでフクシマなどなかったかのようにふるまっている」と言うのはUrgewald(原暴力)という環境および人権組織の代表を務めるヘッファ・シュッキング氏だ。「ルーマニア、ブラジル、インド、中国などの国々の原子力に関する安全基準は、日本の基準より遥かに遅れているというのに、です。この政策でドイツは、次の原子力事故の地盤を作っているのと同じです」。

内政的に見てもこの貿易保証は「断層」を生みそうだ。というのも、FDPの率いる経済省では、CSU(CDUとの姉妹党でバイエルン州だけにある)との葛藤が待ち構えているからである。ドイツとの国境から60キロしか離れていないチェコのテメリンの原発への納品許可の可能性を、ベルリンの経済省は否定していない。この事故の多い原発施設に、2025年までに80億ユーロかけてさらに2基の原子炉を増設しようというのである。両国の環境保護者たちは安全懸念を表明している。CSU党首ホルスト・ゼーホーファー率いるバイエルン州政府もこの新建設に反対した。そこでベルリンがこのプロジェクトを奨励することになれば、これはバイエルン州都ミュンヘンにとって侮辱と見られること必至である。

経済省は、詳細、時期、財政的ボリュームに関しては言及していない。また、どの企業が保証に関心を持っているかについても、明らかにしていない。レスラー経済相のスポークスマンの話では、ドイツ政府は「原子力プロジェクトに関する特殊な感受性に対してははっきり意識している」そうで、ことに厳しい検査を要求する、という。原子力エネルギーの平和利用を、稼働時間を短くし、なるべく早い時期に終了する、というドイツ政府の決断は、国内のエネルギー供給だけに関することであり、原子力技術を利用する外国の決断に関しては、それはなんら影響を及ぼすものではない、と言っている。

ヘルメス・カバーで国はリスクの高い国々で行うドイツ企業のビジネスを請け負う。たとえばドイツの企業のプラント建設などで、外国の取引先が支払い不可能になった場合、国が肩代わりする。最近では、ブラジルの原発プロジェクト、アングラ3号に対しヘルメス・カバーを許可するかしないかで、何ヶ月も討論が続いた。赤・緑政権(SPDと緑の党)は2001年に指針を厳しくして、原子力技術輸出を奨励することを不可能にした。しかし、その後、黒・黄(CDUとFDP)連立政権は建設部品や測量技術などの輸出等に限って、これをまた許すことにした。フクシマが起こって、ドイツは脱原発ということになったが、貿易奨励の実践に関してはまだ、なにも変わっていないのである。

2012年6月28日木曜日

【書評】「デモ」とは何か


『「デモ」とは何か──変貌する直接民主主義』
五野井郁夫 著/NHKブックス1190/950円+税


「デモ」と謳った書籍は福富節男さんの『デモと自由と好奇心』以外に私は寡聞にして知らないが、日本じゅうが「反原発 デモ」にゆれる今、「デモ」の本が出版されたことをうれしく思って手に取った。

福富さんは「60年安保デモ」から何十年もの間、考えたり工夫したり歩いたりするだけではなく、デモ列の頭からシッポまでを何往復もするという参加で知られている。この本で「日本デモ史」の始めにあたるころからの生き証人だ。五野井さんは1979年生まれで、昨秋からのニューヨーク「オキュパイ・ウォールストリート占拠デモ」がどうも初体験という方のようだ。その後、フクシマ事故で沸き上がった人びとの怒りが、いくつものデモになり、五野井さんも参加しつつ、「デモ」という直接行動の歴史、意味、実態解明に向かわれたのだろう。始めに紹介される「オキュパイ…デモ」のレポートは単なる聞き伝えではないのでとても興味深い。

「60年安保デモ」以前のメーデーやゼネストなどでもたれたデモの記録も辿られているが、じつにさまざまの「種類」の人たちが参加した、全国的規模「意思表示」のデモとして、後にも先にも「60年安保デモ」を超えるものはなかった。あれほどの情熱をかけて行い、血まで流れたのに、何の甲斐もなく安保が承認されてしまったことに、多くの人たちは強い挫折感を味わった。

しかし、規模は小さくなったけれどデモは続いた。「1960年代から1970年代を分水嶺として『モーレツからビューティフルへ』と時代が移り変わっていったすえ、1980年代には『院外』の政治たる直接民主主義の政治表現は死に絶えたかに見えた。しかし実際には、人びとの政治表現は地下水脈のように受け継がれていたし、日常の『生活のなかの政治』として暮らしのなかに定着しつつあったのではないか……」との記述に、強く頷きたい。ここまでいくつもいくつものデモを歩いてきた少数の者たちが、この「反原発デモ」の核となって大きな役を果たしているのではないか、
と思われてならないからだ。

私たちが積み上げてきた「デモ」は、国家警察の警備との闘いの連続であったけれど、彼らが力を入れれば入れるほど、デモには恐るべき力があることがわかるというものだ。デモが成立するには核になる存在があるにはあるが、それはたいしたものではない。一人一人の胸からあふれる強い拒否の意思が中心なのだ。表現形式の古さや新しさでもない。この本でしばしば登場する丸山真男先生は、デモに関しては実に小さい点にしか過ぎない。 
それでも、本書は貴重な出版と思う。「反原発」運動のなかから、署名運動、座り込み運動、ハンスト、テントによるオキュパイ行為等々、いくつもの非暴力の直接行動がでてきた。ここに触れられているこれらの事実が、直接民主主義の歴史として残っていくと思う。
(凉) 
反「改憲」運動通信 第8期1号(2012年6月13日発行、通巻169号)

【書評】内部被曝


『内部被曝』
矢ヶ崎克馬、守田敏也 著/岩波ブックレットNo. 832/560円+税

フクシマの事故以来、放射能に対する恐怖は私たちの脳裏から離れませんが、殊に子どもを育てている親の怖れと迷いはどれほどのものでしょう。食品の放射能の数字はときどき知ることができるけれど、ほんとうのところ、「内部被曝」とはどういうものなのか、どうもよくわからない、とかねて思ってきました。

このブックレット(対談形式)を読むと、「内部被曝」の研究は実は伏せられていて、研究したり、公表したりしにくい状況が学界にあるらしいことがわかってきました。ヒロシマ・ナガサキのあとのアメリカの調査(例のABCCなどの)により、外部被曝に対して内部被曝は格段に被害が大きいことがわかり、核兵器の残虐な殺戮性を隠さないと、今後の核戦略と原子力産業の発展の妨げになるから、伏せていく方針がとられることになったそうです。そうリードしたのは国際放射線防護委員会(ICRP)で、そこが国際的権威ということになり、ほとんど世界のすべての医療機関、教育機関、原子力機関などがこの考えを受け入れているとか。これを批判してできたヨーロッパ放射線リスク委員会(ECRR)では、内部被曝の危険度は、外部被曝の600倍と指摘しているようです。アメリカ追随のこの国は、もちろんそのことは言わないわけです。私たちが、内部被曝のことについてモヤモヤわからないはずなのでした。

矢ヶ崎さんは広島大学で物理学を専攻、琉球大学で定年まで理学部教授をつとめられた方ですが、「原爆症認定集団訴訟」で内部被曝の証言をなさったと、紹介にあります。「被曝の解明に重要なことは放射線が生命体に作用するプロセスや、体内に入った放射性物質と被曝の状態を具体的に明らかにすることです。物理的な視点でこれを考察しているのは現在では私だけです。」とありますから、貴重なテキストといえるでしょう。

第2章の「内部被曝のメカニズムと恐ろしさ」にその仕組みが解説されています。相当むずかしくて、何度も読み直さなければわからないのですが、政府や東電が私たちを騙すのに、この難解さこそが好都合なのだと気づきます。たしかにむずかしいのですが、矢ヶ崎さんは冷たい科学者ではなく、どの部分にも深いやさしさが感じられます。殊に被災地の人たちの迷いや決断に寄り添い、考え深い助言が全体にちりばめられていると感じました。

あとの目次は、第1章「被曝直後のフクシマを訪れて」、第3章「誰が放射線のリスクを決めてきたのか」、第4章「なぜ内部被曝は小さく見積もられてきたのか」、第5章「放射線被曝に、どのように立ち向かうのか」となっています。

聞き手の守田さんは、フリーライターとして、被災地を自転車で飛び廻って取材を続けている方。その指摘に、人、といっても老幼、男女、免疫力などに差があるのを、一視同仁にしていることの危険性へ警告があっておおいに頷けます。

たった71ページの冊子ですが、教えられることばかりです。内部被曝は怖ろしい、隠すほうも悪いけど、無知もダメと思いました。ぜひ読んでください。
(凉)
反「改憲」運動通信 第7期22号(2012年4月25日発行、通巻168号)

【書評】マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか


『マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか
──権力に縛られたメディアのシステムを俯瞰する[補訂版]』
日隅一雄 著/現代人文社刊/1800円+税

本書は2008年に刊行され版を重ねていたが、2011年に起きた原発事故に関する報道のひどさに著者が直面して、加筆補訂して、この1月に新たに出されたもの。

3・11以後の報道の「自己規制」のような姿勢に関しては、報道側も多くの批判・指摘を受けて、「反省」「言い訳」のような記事を組むようになったが、あまりにも眼に余るマスコミの弱腰的姿勢の奥には深い闇が存在するのではとの思いから、遅蒔きながら勉強のつもりで読んでみた。

政府・企業によってがんじがらめの日本のマスメディア状況◎さらなる強化が懸念される表現の自由への制約◎放送・通信の内容規制が行われる通信・放送の融合法制◎システムの改善への展望◎民主党政権の誕生による期待と失望◎東電フクシマ第一原発事故後の報道に対する失望を希望に変えるために、というコンテンツで、これまでのマスコミ関連で起こった事象を検証しつつ、この国の仕組みを解析している。敗戦を迎えた後、それまで国民を苦しめてきた「禁止」「統制」が米国の施政方針や日本国の意思で、緩和・廃止された。民主主義が「言論の自由」「教育の中立」などを伴ってやってきたと喜んだのも束の間、またいつの間にかじわじわと「規制」の縄が締まり、世界でも珍しい不自由な国になりつつある。

「日本とは違い、欧米をはじめとする先進諸国は、いずれも、政府が直接、放送行政を司ることの危険性を重視し、政府、もしくは議会が選任する『独立行政委員会』が放送行政を担当するシステムが設けられている。」とあって、ここがもっとも重要なポイントであることが強調されている。日本では新聞社と放送局が密接な結びつきをして、しかも、放送の電波は限られた分量なので、政府が許認可権をもっている。そのため新聞社も政府のご機嫌を伺わなければならない、という仕組みになっている。予算で縛られているNHKでは「慰安婦国際裁判」の番組改変のように、明らかな政府の干渉が行われた。せっかく持っていた独立行政委員会「電波管理委員会」を、1950年からたった2年間で手放しているのだ。

民主党は政権交代の折にこの件に関して、放送行政の中立を謳った。しかし知ってのとおりの党内混乱で雲散霧消。原発事故の報道隠しで、以前よりさらに病状は悪化していることがわかってしまったのだ。事実を精確に報道するのでもなく、権力の側を批判するのでもなく、「国民を混乱させないように」カドを削って穏やかな記事にする、という、国民をコドモ扱いにする姿勢をとり続けている。

この外、巨大化した「広告会社」からの圧力、「記者クラブ」の弊害など、他国が距離を置くための措置をしている問題でも、日本国はむしろ逆行した方向にむかっている実情をまず認識し、統制を跳ね返していかなければと痛感させられた。
(凉)
反「改憲」運動通信 第7期20号(2012年3月21日発行、通巻164号)

【書評】六ヶ所村の記録


『六ヶ所村の記録──核燃料サイクル基地の素顔』上・下
鎌田 慧 著/岩波現代文庫/(上)1080円+税、(下)1360円+税

フクシマの大事故以来、学習のための推薦図書があちこちでリストアップされています。そのなかに必ずといっていいほど取り上げられている、『六ヶ所村の記録』は、ちょっと長めなので、後回しにされがちですが、これこそぜひ読んでいただきたいので、現代文庫版が出たこの機会にご紹介します。

鎌田さんは『原発列島を行く』(集英社新書)などでも知られているように、全国の原発立地点を歩いて事実を報告されていますが、「六ヶ所村」については、まだ「核施設」の候補地とはぜんぜん言われてないときからこの地に足を運んでの調査が始まっています。

下北半島の斧型の鎌首が立ち上がる、太平洋側に「六ヶ所村」はあります。南から順に、倉内、平沼、鷹架、尾駮、出戸、泊の六村が1889年に統合してできたので、南北に長い村だそうです。村の更に南に「小川原湖」があります。このへんから陸奥湾まで一帯を総括した「むつ小川原工業開発」事業が立ち上げられ、農地買収が1967年に始まります。それが、工業団地などではなく、「核燃料サイクル基地」となってしまうまでを、丹念に追ったルポルタージュがこの書です。

鎌田さんは、自分の眼で見たり聞いたりしたものでなくては、書いたり、話したりできない、と常日頃話されますが、ここではまさに、鎌田さんのじかに調査されたことの報告のみがあります。資料・統計とかはほとんどでてきません。そして明かされるのは、「ゲンパツ」はこうして過疎地を襲う、ということです。それにとどまらず、この国の政治・政策の進め方の本質を捉えて、私たちに示しています。

巻のはじめに、3枚の地図が載っていますが、第一が、下北半島の原子力・軍事基地一覧です。このへんは、ヤマセという農業をするには困った風が吹くところで、人が住みにくい、ロシアを睨んで軍隊が駐留するのに適した位置にある、などから、実にたくさんの軍関連の施設があります。弾道試験場、射爆場も過疎地だからの存在です。でも敗戦後、満州開拓地・樺太からの引き揚げ者の入植があり、苦労の果てに牧畜等で生き残れた人たちが住んでいる土地でした。そこを追いたてるような用地買収です。人には一人一人事情や意思があります。鎌田さんはお名前を出して一人ずつにそれを聞き出しています。村には村長、町には町長、そして市長や知事がいます。人は、権力や金力の誘惑にはほんとに弱いものです。国はそこにつけこんで、彼らの欲望や命運を操っていきます。

3・11以後、いままで隠されていたことが少しは暴かれてきました。でもマスコミはどこかで妥協し、薄めた情報しかだしません。この国の構造的なゴマカシ、オドシ、トリアゲなどのやり口を学習していかなければゲンパツはなくなりません。

鎌田さんの文章は読みやすく、上から目線がないので、すなおについてゆけます。3・11以後の増補があり、「六ヶ所村年表」の付録で事実の推移の詳細もわかります。
(凉)
反「改憲」運動通信 第7期15、16合併号(2012年1月18日発行、通巻159、160号)