2014年2月13日木曜日

発想と戦略の転換期

発想と戦略の転換期

「市民の意見30の会」141号に投稿(ゆう)

 柳父章著「翻訳語成立事情」を読んで、思わず唸ることがあった。Societyの翻訳語である「社会」ということばは、明治十年代以降盛んに使われるようになって一世紀以上経つが、Societyに相当する概念がなかった日本語で、これを表わすのは容易ではなかった。「相当することばがなかったということは、その背景にSocietyに対応するような現実が日本になかった、ということ」だと柳父氏は書いている。そして「社会」という訳語が造られ定着してからも、決してSocietyに対応するような現実が日本に存在するようになったわけではない、それは、今日の私たちの「社会」とも無縁ではない、と続く。仲間、組、連中など、狭い範囲での人間関係を表わす場合には似たような事実が見出せても、広い範囲の人間関係という現実そのものが日本にはなかった。Societyとは窮極的には個人Individualを単位として互いに交流しあって作り上げる広い人間関係であるのに対し、日本には身分としてしか人が存在せず、「国」や「藩」はあっても、個人の顔が集まって作り上げるSocietyはなかったのだ。また、Individualがわかりにくいことばだった。社会を「交際」ということばの発展で訳そうとしていた福沢諭吉は、これを「人」「一身の身持」「独一個人」などで表現しながら、日本の現実を「権力の偏重」と分析していた。権力はことごとく治者に偏り、それは被治者である「人民」と交わらない領域であり、根底には「交際」の単位であるべき、独立して自家の本分を保つ「人」が欠けている、と福沢諭吉は捉えていた。権力者がことごとく「顔なし」(責任者の不在、首尾一貫性・根拠のなさ、全体主義などに現れる)であることは、現在も変わりがないではないか。日本に「社会」はないのだ。


フクシマの事故から三年半が経った。私は「なにか私にもできることは」という切羽詰った気持ちで、ドイツからの情報を翻訳して提供するよう努めてきたつもりだが、汚染水問題、「除染」という名の茶番、避難民の「帰還」強制、最悪労働条件で被ばくを重ねては使い捨てされる原発労働者、実行されぬ損害賠償、「風評」というまやかし、はたまた被害者も被害地域も見捨てたまま、「放射能は完全にブロック」と嘘をついてまで獲得した、莫大な税金が投げ込まれることになるオリンピック開催にいたっては、絶望感に押しつぶされ、今更ドイツからそれぞれの問題点を批判する気にも、ドイツでの反応を紹介する気にもなれないでいる。

事故後から私の気に入らないのは、日本にいる人からも、海外に住む日本人からも、「日本は外圧に弱いから、外国政府や海外の権威ある団体に訴え、そこから日本を非難してもらい、そのプレッシャーにより政府や東電が考えを改めるざるを得ないように仕向けてほしい」という要望だ。藁にでもすがりたい状況であるのは事実として、この「外圧待望論」は、単なる他力本願、人任せの態度に過ぎない。日本政府や原子力ムラが、それより「大きい」権威に「物言い」され、対抗できずにしぶしぶ妥協して方針を変更するというようなことで解決できる問題ではまったくないだけでなく、自分では手をこまねいていても、スーパーマンや水戸黄門が現れて「悪者」を退治してくれればいいという、安易な希望だ(今話題の山本太郎の天皇への直訴も、根本的には同じ発想だ)。海外に日本の現況を報告していくことは必要だし、世界各地からの正当な批判も非難も受け入れなければいけないが、それは「悪者退治」を請うためではないし、そんなことが情報交換の目的であってはならない。それよりするべきことがほかにある。

今日本は、フクシマ事故、原発政策をめぐる諸々の問題に限らず、改憲問題や秘密保護法、TPP、全国で蔓延するヘイトスピーチを始め、憂うべき問題にあふれている。危機感が募りあらゆる形で行動している市民も増えている。専門知識と明晰な分析力をもって状況を判断し、筋の通った理論で批判し、確かな情報を与え、反対運動の大きな力となっている人もいる。しかし、これだけ根拠ある反対意見があり、集会やデモ、勉強会などを行い、法廷で闘い、現実の歪みを正当に訴えている市民がいながら、それがなぜ全体を動かすだけの力となり得ないのか。私はドイツの友人たちから、これだけのことがあってなぜ日本は原発推進政策を変えないのか、市民運動が広がらないのか、チェルノブイリ後のドイツのように、生命環境に対する意識変化が大衆に浸透しないのか、とよく聞かれ、そのたびに説明に苦しむが、それは実は、西欧のことばの重みを基準に日本を分析しようとするからだと思うに至った。ドイツでは戦後、ことに68年の学生運動以来、徹底的に過去の権威主義が総括され、民主主義や人権といった概念を意識して定義することにより、その意味するものに言動を照らし合わせ個人個人が、生き方を合わせていくことが当然となった。だからその個人の集まりである社会も変換していくことに成功し、政治のあり方も改まった。つまり、納得できる価値ある信条、主義、倫理があって、それを基準に生き、言動するということで、矛盾があれば追及・非難され、改善が求められる。それはことばによって自分も他者も、はたまた政治や経済も縛っていこうとする論理的かつ合理的な理想のあり方だ。もちろん理想だから完璧ではなく、矛盾もたくさんあれば、主義主張も多様だ。ただし、誰もがことばを駆使して批判に応じ、自分を正当化するだけの力を持つことが当然とされる。それがことばの国の方法だし、実際に議論を戦わせて完璧な論理に納得・説得される場合もある。ただ、それを日本に求めても無意味だ、と私は思うに至った。日本は、ことば(ことばで定義する原則、信条、主義、筋道)で人が動く国ではないのだ。だから、どんなに「顔」を持ち始めた個人がことばを尽くしてなにかを訴えても、入口のない壁にぶち当たるだけだ。ここにはインタフェースがない、アクセス不可能だ。形式だけで実のない民主主義で「選ばれた」体裁の政治家が、陰の顔なし権力者(経済、利権まみれの官僚等)と共にその体制を維持し、外圧があればその場しのぎに対応し、誤魔化し、結局は思い通りに壁の向こうの談合決定を被治者に押し付けるだけの日本に、西洋式の啓蒙、徹底した話し合いによる問題解決、市民参画の民主主義、ましてや政治を変えるほどの市民運動や革命を求めるのが無理なのだ、と思わざるを得ない。私は、西洋中心主義的見解から日本は遅れている、と言っているのではない。ただ、ことばの重みを基に個人が考え、言動するという西洋的理想が通用しないこの国で、現実との軋轢に悩み、世の不公平や矛盾に憂慮する市民たちがどう社会を動かすだけの力になれるか、発想と戦略の転換が求められていると思うのである。私にも、どういう形なら可能なのかは、まだわからない。でも日本に合うやり方を見つけていかなければ、壁の向こうの顔なしたちは今後も、市民のことばによる抵抗など無視してしたい放題、個人がなく身分しか持たぬ大衆は仕方がない、と黙り続けていくだろう。どこの根を捉えて「根回し」をしていくべきかが、現在の最大かつ緊急の課題である。

2013年11月1日金曜日

フェアフォン ── 似て非なるスマートフォン

フェアフォン ─ 似て非なるスマートフォン
Stefan Schmitt報告
2013年10月17日付けツァイト紙

私があれだけはしたくないといまだに頑固に持たないでいるのが、いわゆるスマホ(なんというおぞましき略語!)だ。どこに行っても、誰もがあの小さい平らなディスプレイをフェティッシュのように撫で回している。誰と一緒に話をしていようと、何をしていようと、この奇妙な機械がなにか音を発信すると、真っ先に手にとってご機嫌を取る。情報源もコミュニケーションも、すべてそれ任せだ。そして、これがなければ「今の世界では通用しない」ことをなんの疑いもなく皆が受け入れている。それで、私はできる限り、そういう電子産業、情報通信機器産業のいいなりにはなりたくないとがんばっているのだが、そういう私だって旧型の携帯は持っている。こうやって「仕方がない」「そういう時代だから」と根本的な問いかけをせずに受け入れていることがなんと多いことか。でも、それはまったくの思考停止である以上に、敗北とそれをごまかす言い訳に過ぎない。それでは、どう「仕方がない」とせずに自分で考え、意思を貫いていくことができるかは、一人一人にかかっている。市場の流れに乗らされ、従順な消費者に成り切らずに、市場の独裁からなるべく自分を解放するというのは、難しい問題である。その中で、この記事を見つけた。こういう話は気持ちがよくて、こういう試みがあることをうれしく思ったので(私がそのフェアフォンを買いたいと思うかどうかは別として)、訳すことにした。(ゆう)

フェアフォン ── 似て非なるスマートフォン
Keines wie alle andern

スマートフォンをエシカル(倫理的に正しく)に製造することは可能か? 電子産業より納得できるものを作ろうと、「フェアフォン」を作り出したスタートアップがある。
Stefan Schmitt報告

見知らぬ民族のもとで暮らしてみる民族・人類学者もいれば、匿名で社会の底辺の職にもぐりこんでレポートするジャーナリストもいる。石器時代に使われていた道具を作ってみる実験考古学者もいる。これらに共通なのは、一風変わった方法で、なにかを見つけ出してみようとする好奇心だ。あれこれと試しながら、なにかを知ろうとする好奇心。そのためには、できれば内部に入り込んでやってみるのがいい。これと同じ好奇心で携帯製造会社をつくった好奇心の旺盛な人たちがいる。彼らはグローバルな電子産業の今の状況 - というよりは今の悪状況 - を見極めてみようと思ったのだ。

これから語るのはフェアな携帯、「フェアフォン」の話である。始めはキャンペーンだったのがスタートアップに成長し、そして実験としての道を歩み始めた。小さないい「お手本」として、この産業に物言うためである。

驚くことに、この話はこれまで、サクセスストーリーでもある。初夏にはすでにオンラインによる注文も開始した。「倫理的価値を大切にした、本当にクールなスマートフォン」という宣伝文句だ。たくさんの人たちがお金を前払いして、この携帯電話の製造を可能にし、おそらくクリスマス前にはそれを手にすることになるという。このような共同の前払いのシステムは、クラウドソーシングと呼ばれる方法だ。そして目標注文数の5000件をはるかに上回る注文が集まった。5000という数字は、大量生産を開始できるかどうかの境目だ。

このような資金調達も変わっているなら、この会社の自己認識も変わっている。「当社にとって、これはただの製品という以上のものです。これは私たちにとって、研究プロジェクトです」とフェアフォンの広報担当、Tessa Wwernink氏は語る。しかし秘密のプロジェクトではない。フェアフォンは開発のプロセスをウェブサイトで公表し、回り道をしてしまった場合や学びとった経験を詳しく報告している。彼らの勘定計算はオンラインで詳細に見ることができる。最後の1ユーロに至るまで、丁寧にリストアップされているのだ。

Wernink氏はアムステルダムの中央駅からわずかなところにある、倉庫を改造した建物の中の、とても長い机に座っている。まわりでは十数人の仲間が働いている。そのほか社員としてロンドンにSean、中国にMulanがいる。これがこの会社のすべてだ。携帯は大体、世界企業が製造しているのが普通ではないか?

サッカーチームくらいの頭数の人間が揃えばスマートフォンの製造には事足りる、というのがフェアフォンが語るキャッチフレーズだ。これを裏付けるのは、電子産業が数十年かけて確立した、極端なアウトソーシングである。計画と組織はアムステルダムで行い、それ以外の作業を引き受けるのは、アジアのサービス業者だ。

この秋、オランダのメインオフィスにプロトタイプが届いた。フェアフォンは緑色でもないし、麻でできているわけでもなく、禁欲的な感じもなければエコ調を装っているのでもない。普通のどこにでもあるスマートフォンと大して変わらない外見(ボタンがほとんどなく、大きなタッチパネルで角が丸まっている)で、アンドロイドで動くし、今日売られている平均的な新型モデルが普通できて当然なことはすべてできる。iPhoneほど薄くも強力でもないが、その代わり値段は約半分といったところだ。

技術的なディテールについては、その長所短所に関して長々と議論が可能だろう。しかし、これだけ「普通」の体裁で、それでいて「全然違う」ものであろうとする携帯電話というと、どうしても知りたいことがある。それのなにがフェアなのか、ということだ。なにを「改善」しようとしているのか? それでなにを結果として得ようというのか?

2013年6月12日水曜日

エネルギー


EnergieFür Klima und Wachstum: „Club der Energiewendestaaten“ gegründet
エネルギー:環境と経済発展のため
「エネルギー政策変換国クラブ」を結成
ドイツ・フォーカス・オンライン(Focus Online201361日付け
本文はこちら:

ドイツの環境省大臣アルトマイヤー氏が、ドイツとカ国が参加した「エネルギー政策変換国クラブ」を結成したことを発表した。ここに日本は加わっていないが、東京新聞によると、日本には打診すらなかったそうだ。東京新聞の見出しでは「再生エネルギークラブ」となっているが、本当はドイツ語ではClub der Energiewendestaaten、エネルギー政策変換を行っている国のクラブ、という意味だから、活断層の上に建っているおんぼろ原発を再稼動し、福島の事故に懲りずアメリカですら訴えられている技術でさらに原発を輸出しようと熱心な日本は、エネルギー政策変換を行っている国とは見なされなかったからだろうか。国が進めるこうした「会議」は、その公の主旨だけでは判断できないものがあり、注意しなければいけないのは確かだが、再生エネルギーを語っていくのに、今後は一国レベルだけで考えているわけにはいかないし、また大手電力会社のロビーが強いのはどこの国でも同じことなので、再生エネルギーに対して国際レベルである程度の「ロビー」ができていくことは大切だろう。ただ、原発大国フランスが加盟しているとなると、かなり不信感が募る。(ゆう)


東京新聞の記事はこちら:
独主導で「再生エネクラブ」結成 日本に打診なし

ドイツとさらに9カ国がこのたび、「エネルギー政策変換国クラブ」を結成し、再生エネルギー活用の世界的拡大を促進していく意向だ。

連邦環境大臣ペーター・アルトマイヤー(Peter Altmaier, CDU)は、この土曜日(訳注:2013年6月1日)ベルリンで開かれた当グループの共同審議会の後、こう述べた。「未来の形成には、再生エネルギーが重要な役割を果たす。その再生エネルギーの増強は気候・環境には欠かせないものであるが、裕さと経済発展と相容れないものではない」。

このクラブ結成の最初のメンバーはドイツのほか、中国、インド、フランス、イギリス、デンマーク、それに南アフリカ、モロッコ、アラブ首長国連邦、トンガである。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)も一緒に活動する。最後まで揉めたのが中国の参加で、これは、中国が世界でも有数の環境汚染国といわれているからである。ベルリンで行われた審議会では、国家能源局の再生エネルギー部門部長であるShi Lishan(史立山)氏が中国を代表して出席していた。

共同声明では、国際的に現在通用しているエネルギーシステムでは、気候、環境、貧困撲滅、エネルギーの安全性と発展にとって危険が潜在している、風力、太陽などによる再生可能エネルギーは既存の問題の解決に重要な鍵となるはずであり、当クラブはこうした再生可能エネルギーの増強を加速していくよう、刺激を与えていきたい、ということだ。

アルトマイヤー大臣は、「主導を握ったこのメンバーたちは決して『閉じられた会合』ではないものの、当面その他の国に拡大することは計画されていない。重要なのは、世界のあらゆる地域にあり、異なる発展状況にある国々が集まっていることだ」と語っている。環境大臣は今年の1月にアブダビで開かれた IRENA 会議で、当クラブの創立を促してきた。

中国代表の史立山(Shi Lishan)氏は、化石エネルギーの膨大な消費による中国での環境問題を認めた上で、2020年までには風力発電を合計200ギガワットまで増やすこと、太陽光発電の総電力量を100ギガワットまで高める計画であることを伝えた。比較すれば、EUでの風力発電総電力量は100ギガワット、ドイツでは30ギガワットである。

フランスの環境大臣、デルフィーヌ・バト氏は、フランスでもエネルギー政策変換を進めるべく努力しており、再生エネルギーを重視している、これは地球温暖化防止のため、欠かせないことであるだけでなく、新しく雇用を増やすことにつながるだろうと述べた。トンガの首相トゥイバカノ氏は、エネルギー政策変換は、今後の生存を決定する問題だと説いた:「再生エネルギーがなければ、我々はじきに破滅してしまうだろう。」

2013年6月11日火曜日

図書紹介『小国主義』


『小国主義──日本の近代を読みなおす』

田中彰 著 岩波新書 660円+税

何かの文章で見たタイトルに興味を持ちメモしておいたものだが、改憲がいよいよ迫ってきたいま、気にかかっていたこの書を購入した。1999年に出版されていたもの。著者の専門は「日本近代史」。ずっと以前から岩波文庫の目録でのみお馴染みだった「岩倉使節団『米欧回覧実記』」の監修者である。

明治維新成ったものの近代国家をどうイメージするか、という難問にぶつかった維新の中心人物たちにアドバイスしたのが、お雇い外国人のオランダ系米国人宣教師G・F・フルベッキで、欧米の視察を提案した。長年の鎖国から目覚めた日本国が幕藩体制から西欧中心の国際社会にいかに参加していくかを学ぶことを目的とする国家プロジェクトとして実行された。岩倉具視を特命全権大使とし、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文ら総勢46名で1871年に米国を皮切りに1年10か月をかけて米欧14か国を視察した。帰国後、大使随行の久米邦武が記録係として、「実記」の編集・執筆に当たった。

明治維新に功労のあった薩長の重鎮たちは、米英仏などの大国に目を奪われたが、使節のなかにはオランダ、ベルギー、スイスなどの小国が大国の侮りを受けずに国威を発揚していることに注目する者があった。「実記」は全100巻のうち12巻を小国の記述に当てている。

その後、国家主義が幅をきかしたわけだが、「小国主義」を唱える流れは続いていった。民権運動者植木枝盛→中江兆民→三浦銕太郎→石橋湛山という人たちが受け継いぎ、著者に拠れば、伏流水のように現れたり隠れたりしながら、消えなかったと。国土が小さく、資源が乏しい国では軍備を廃し、領土拡張を止め、学問技術の研究と産業の進歩に力をそそぎ、個人の自由と活動の増進を図ることが肝要であるという点はこの人たちに共通している。殊に軍備の拡大は国民を苦しめるだけで、経済的損失の大であることを言っている。

1945年の敗戦後に米GHQの要請により憲法草案が提出されたが、中でも「憲法研究会」(高野岩三郎、鈴木安蔵ら)の草案には植木枝盛の「日本国々憲案」に相似している部分が多く、まさに小国主義の考えでできている。政府から「憲法調査委員会の「憲法改正要綱」(松本烝治委員長)が提出されたが、言葉の言い換えはあるが、「帝国憲法」と変わらない発想であるとして退けられた。占領軍の「押しつけ憲法」からの脱却を改憲論者は盛んに唱えるが、「憲法研究会」の要綱が主として採られたことは無視しての言論だとわかる。

「湛山は軍備が必要なのは、『他国を侵略するか、あるいは他国に侵略せらるる虞れあるかの二つの場合のほかはない』という。いま、政治家も軍人も新聞記者も異口同音に、日本の軍備は他国を侵略するためではないといっているから軍備の必要はない。他国からの侵略の虞れも、かつてはロシア、いまではアメリカを挙げたりするものの、彼らが日本の本土を奪いに来るだろうか、と述べる」

いま、安倍政権に同じことを言いたい。小さい国が「G」のつく会議に出て、背伸びをするのは民を苦しめるだけだと。「小国」論よ、大声になれ!
(凉)
反「改憲」運動通信 第8期22号(2013年4月24日発行、通巻190号)

図書紹介『いま、憲法の魂を選びとる』


『いま、憲法の魂を選びとる』

大江健三郎、奥平康弘、澤地久枝、三木睦子、小森陽一 著
岩波ブックレットNo.867 500円+税

2004年10月に「九条の会」がスタートし、その翌年05年6月にこの「反改憲」運動通信が出発した。自民党が「新憲法草案」を出したのが05年10月。12年に自民党の「日本国憲法改正草案」がでた。この8、9年の間、反改憲派と改憲派がお互いに鎬を削ってきたのだ。

「九条の会」はこの冊子の著者5名以外に、井上ひさし、梅原猛、小田実、加藤周一、鶴見俊輔の9人が発起人として並んでいたが、井上、小田、加藤、三木の4名が他界されている。紹介のこの冊子は、2012年9月に開かれた講演会「三木睦子さんの志を受けついで─いま、民主主義が試されるとき」の講演から大江、澤地、奥平の3講師の話に、07年6月の三木睦子さんの「九条の会」学集会での挨拶が巻頭に、巻末に奥平さんと小森陽一さんの対談で構成されている。

三木さんは「あなたのおじいちゃまはねえ」と安倍首相(やマスコミ)が、母方の祖父の話ばかりするが、父方祖父の安倍寛さんの戦中の反戦活動についてもっと声を大にして語れ、と。「あなた」とは安倍首相のことなのだ。

大江さんは、人口の比率からいったら、ヤマトの比ではない人数の沖縄の反基地闘争や、粘り強く訴えつづける反原発の声を無視して、オスプレイ配備を強行したり、原発の存続が日本経済の要のように振舞う自民党政権のこの国は、民主主義国家なのか、と。

奥平さんは、「押しつけられた憲法」というが、あの戦争体験のあと、押しつけられたかもしれないが、それを自分たちの感度に合うものとして選びとってきた、それをずっと続けてきたのではないか、と。

澤地さんは三木睦子さんがどういう方だったかを紹介、加藤周一さんが日本がだんだん軍事化していく土台は、日米安保条約である、と言われたことなどを引いて、亡くなったかたたちの志を継いでいきたいと。

奥平さんと小森さんの対談は、「国民主権を守る思想としての憲法」と題して2013年2月に行われたもので、憲法改正の方向が示されはじめてから今日までの経緯がコンパクトにまとめられ、解説され、ていねいで便利な教科書になっている。

共通して話されている歴史的事例として、「砂川大訴訟」がある。大江さんは「『選びとる』とはどういうことか? ぼくなどがそこで想起するのは、たとえば、砂川大訴訟があります。この訴訟はものすごいエネルギーを要しました。そしてまさに、そういうかたちで、憲法九条のあの平和主義を、ただ単にぼくらは見ていたのではなくて、ぼくたちも一緒になって守ろうとした。つまり、加藤さんの言葉を使わせていただくと、そういうかたちでぼくたちは『選びとった』。それをずっと続けてきているんです。」

ブックレットは薄くて安価で入手しやすい。各項ともお話で、論文ではないので読みやすい。自習にも、会合のテキストにも最適。「九条」が危機的な状況のいま、お薦めしたい。
(凉)
反「改憲」運動通信 第8期23号(2013年5月15日発行、通巻191号)

図書紹介『希望をつむぐ高校』


『希望をつむぐ高校
──生徒の現実と向き合う学校改革

菊地栄治 著 岩波書店刊 1800円+税

著者は早稲田大学教育・総合科学学術院教授という肩書きの方。1996年に、国立教育研究所で主に高校教育改革研究プロジェクトにかかわり、全国の高校から提供された資料を通読しているときに、大阪府立松原高校の実践報告と「あゆみ」となづけられた資料に出会い、胸躍るような感動を得たという。長い引用になるが、菊地さんと同じ位置からのスタートをするためにお許し願いたい。

「世間では高校を一流校、二流校、三流校…と、いわゆる序列をつけています。それは大学進学にのみに価値をおいた考え方であり、それによって人間の価値さえも決定するような誤った考え方です。(略)国立大学へ何人受かったかによって順位をつける考え方は、社会で必死に生きている一人一人の人間を侮辱した考えかたといえるのではないでしょうか。(略)他人のことにかまっていられない人間は、知らず知らず人を差別する事を許容し、人間らしい温かな思いやりを失っていきます。また総ての人々の心を荒ませていきます。その時にまず最初に切り捨てられていくのは、社会的に弱い立場の人々です。障害者や、部落民や、在日朝鮮人や……母子家庭、父子家庭、貧しい家……の人々です。松原高校は、この高校間格差を否定するために作られた学校です。いわゆる一流でも、二流でも、三流でもない学校、仲間を大切にし、権利を奪われた者が生き生きとし、生きることの意味、そのための学力を身につけるために作られた学校です」

なに念仏を言っているのかとさえ言われそうな文だと思う。でもこの書を読むと、この文が空念仏ではないことがはっきりする。菊地さんが、ハッとしてすぐ飛んで行ったということにも打たれる。松原高校は中卒を受け入れる職場がすっかりなくなり、子どもたちをなんとか高校に進ませたいと求める部落地域の親たち、また、地元中学を卒業させても受験校ばかりで、進めさせる高校がないことに悩んだ中学校との願いでつくられた、大阪府立高校だ。だが、差別されてきた生徒たちが素直に勉学に打ち込んでゆくはずがない。その難問を引き受けた教師陣が、いくつもの試練、対策、驚くべき工夫の末に、いまの松原高校があることを、菊地さん自身の眼で如実に見たと、ここに報告されている。奇跡のようなことを成し遂げていくのは工夫されたシステムのせいではなく、一人一人の教師の「まごころ」の成果であったのだ。

菊地さんは、「現代の若者たちは、現実社会の限界を読み取り、希望を見いだせない状況にある。希望が朽ち果て、公正な未来を展望しにくい、いわば『希望劣化社会』を生きている。」と書いている。私たちも同じ絶望を生きているが、ときどき、「希望」を与えてくれる人の存在を識ることがあり、また希望をつないで生きつづけることができる。この1冊を要約して紹介することはできない。一言一言に重みがある。夢物語ではなく、まっとうな人間がやりぬいた事実を、どうか読んでいただきたいと切望する。
(凉)

反「改憲」運動通信 第8期21号(2013年4月10日発行、通巻189号)

図書紹介『治安維持法』


『治安維持法
──なぜ政党政治は「悪法」を生んだか

中澤俊輔 著 中公新書刊 860円+税

私は公権力の押しつけに反対の意思表示の方法として、いつも街頭デモ行進を積極的に選んできた。何も表現方法をもたない者にもアピールが可能になる。怪訝な表情や邪魔だとばかり睨んでいる街行く人たちに、「こういう意見や意思を持っていることを知って!」「反対している人だっているんだよ」と伝えたいと願って、大小のデモ行進に参加してきた。70年の反安保や三里塚闘争のうねりが去り、ヘルメットに棍棒のイメージがなくなってからの参加だった。それでも集会やデモの周辺には常にオマワリとマスクをして野球帽のような帽子を被ったコーアンがつきまとっていた。

それが近ごろ彼らの数が増え、締めつけの輪がずんずん縮まって、怖ろしさに身が硬くなる。正式に届けを出し、実に整然と歩いているだけなのに、なにかと干渉してくる。「反原発」のデモなどでは子どもやベビーカーもいる。それをせきたてる。「警備」とは、行動する人を脅す役割に徹したものだ。

国家権力が嫌うのは昔から「安寧秩序の乱れ」だ。それにこの国には「天皇制」というものがある。この制度の死守と「私有財産制」維持のために1925年に「治安維持法」が生まれた。その後、改正や加法があって、敗戦まで猛威を奮ったことはよく知られている。奥平康弘著の『治安維持法』が1973年に出版され、これによって学んだ人は多いようだ。私は不勉強のまま過ぎてきた。しかし、最近の公権力の目に余る過剰警備、弾圧に加えて、政権交代で右傾化政策の増加が危ぶまれてならないので、保守派が尊重する「治安対策」の歴史を学びたく思った。

この書の著者は1979年生まれ、若き学徒である。新書版で読みやすい。しかし内容はよく先行の研究を踏まえ、要領よく維新以後の国家の意思・狙いがまとめられ、教えられた。彼の新味は、政治結社である政党が、なぜ、結社の自由を規制する法を作ったのか、ということにあるらしい。また、内務省と法務省との確執にも観察が届き、この二省と二政党のせめぎあいと、ロシア革命、共産党の胎動、大逆事件などの社会的な流れの中から「治安維持法」は生まれ、肥大していく過程がよく整理され、お薦めの一冊だ。

あれほど彼らが恐れた共産党の拡がりも、ソ連崩壊で案ずることもなくなり、あとは、天皇制護持=国体の安定と安寧秩序の維持が「警備」の目的となっているのだ。以前から、ポツダム宣言受諾条件の「国体の護持」という言葉に疑問を持ち続けてきたが、この書の終わりに中澤さんは、「昭和天皇は、三種の神器を守ることをも含めて、ポツダム宣言の受諾を決意した。『国体』の定義は、日本の命運を背負わせるには漠然としすぎていた。政党は何を守るかを明確にするために、もっと真摯に言葉を選ぶべきだった。」とある。何年にもわたって守り育てた「治安維持法」のなかで、一貫して曖昧にごまかし通してきた「国体」なる用語こそ、いまも継承され続けている底意の表れだ。 (凉)

反「改憲」運動通信 第8期16&17号(2013年2月6日発行、通巻185号)