2015年11月3日火曜日

なにごともなかったように

COP21国連気候変動会議が11月30日から12月11日までパリで開かれる。原子力大国であるそのフランスでやっと「エネルギー移行法」が成立したようだが、いったいどの程度まで「本気」なのだろうか。原子力エネルギーを悪とするドイツの風潮と違い、フランスの原子力神話も原子力ロビーの力も相変わらず強いからだ。ツァイト紙にちょうどそれに関する記事が載ったので、訳した。(ゆう)


2015年10月29日付け ツァイト紙 
なにごともなかったように
Als wäre nichts geschehen
DIE ZEIT Nr. 44 vom 29. 10. 2015

フランスでもやっとエネルギー移行法ができた。原子力からの移行を約束する法律だが、電気会社も市民も、それを本気にはしていないようだ。

Georg Blume報告

一見した限りでは、あたかもフランスもやったか、という感じを与える。国連気候変動会議を開催する国として、フランスが原子力大国から一挙に風力発電や太陽光発電の国に生まれ変わりでもするように。国民議会が夏に長年の約束だったエネルギー移行法を成立させたときのことである。「我々は皆、地球に対し責任がある。だから我々は世界に対し例を示す必要がある」とフランスの大統領フランソワ・オランドは言った。

11月にパリで、新しい気候変動枠組条約を話し合うために集まるその世界はしかし、オランドのビジョンを目の当たりにすることはないだろう。フランスのエネルギーシフトは、その最初の段階で留まってしまっているからだ。新しい太陽発電設備や風力発電設備を建てる代わりに、フランスはまた原発を建設しようとしている。昔のように勇ましく独力でローヌ川やロワール川沿いに建てるわけではなく、中国の財力を使って、イギリスに建てようとしているとは言っても、である。

フランスのエネルギー政策に関する2015年の大きな出来事は、この新しいエネルギー移行法の成立ではない。フランスの電気会社EDFが中国のパートナーと最近交わした契約である。EDFは発電量から言えば、今でも世界最大の電気会社だ。EDFの社長ジャン=ベルナール・レヴィはロンドンでこのたび、中国の建設会社2社と原発建設契約に署名した。これは、イギリスの西南部に2基の原子炉を建設する融資契約だ。

こうして、中国の取引相手の尽きることのない資金を頼りに、財政的に行き詰っていたEDFはフランスの新エネルギー移行法がもたらす束縛から同社の原子力ビジネスのコンセプトを救済したい考えだ。レヴィのメッセージはこうである。「恐竜はまだ生きているぞ!」

フランスの現在エネルギー政策にまつわる戦いは、ドイツではちょっと想像しがたい。先週レヴィと環境大臣セゴレーヌ・ロワイヤルは公開文書ですら攻撃しあっていた。レヴィが大臣に、フランスのフラマンヴィルにあるプロトタイプの原子炉の建設期間延長を申し入れたところ、ロワイヤル環境大臣は、その代わりにドイツとの国境沿いフェッセンハイムにあるEDF最古の原発を廃炉にするよう求めたのである。しかしレヴィは、フラマンヴィルの新原子炉が稼動してからしかフェッセンハイムの原子炉を廃炉にはしたくない。オランドはしかし、2017年までの彼の大統領任期中にフェッセンハイムを廃炉にすることを選挙の公約にしてしまっている。この争いがどう落ち着くかは、まだ誰にもわからない。

EDFは命令を与えられてそれを実行する家来ではない。ドイツではフクシマ事故とメルケル首相が原発の運命を決定した。それ以来E.onやRWEなどのドイツ電気供給会社の上にはなんの星も輝いていない。フランスはしかし、EDFの意向でフクシマ事故後原子力エンジニアを派遣した。あたかもフクシマ最悪事故が日本人の無知によってのみ起こされたかのように演出したのだ。チェルノブイリ事故のあとも同じだった。ソ連の原子炉事故後も、フランス人は自国の放射線量が上がったことを認めようとはしなかった。EDFはチェルノブイリ後もフクシマ後も、なにごともなかったかのように平然とそれまでどおりを続けていくことができたのだ。

EDFは730億ユーロの売上金と15万5千人の従業員を誇るフランスの例外企業だ。1946年に創業以来企業としての誇りは高く、労働組合も強い。70年代から80年代にかけてEDFは約60基もの原発をフランス国内に建設した。競合会社など事実上誰もいなかった。
これらの原子炉のうち58基が現在でも稼動している。旧式原子炉の現代化や放射能廃棄物の処分など、結果として生ずる費用は実際には組み込まれて計算されていないので、フランスの1キロワットごとの電気料金はヨーロッパで一番安い。今でも原発電気会社EDFはフランス国内で一番好かれている企業である。2000年以降ヨーロッパで新しく作られたエネルギー関係の法律ができて初めて、EDFはその独占企業の地位を返上しなければならず、新しい私経済的構造を押し付けられ、株式市場に上場したが、その核心では何も変わっていないのが実情だ。現在でもEDFの株の80%以上を国が所有しており、フランス国内の90%以上の電力を - そのうちほぼ75%が原子力発電だ - それも比較的安い電力料金で供給している。レヴィはすでに2050年までに、古い原子炉に取って代わるべき新原発を40基建設するという計画を出している。

風力や太陽による再生可能エネルギーではしかし、フランスはヨーロッパの中でも後れを取っている。国内の電力需要の5%も満たしていない。それはことに、EDFのせいだ:パリのエリート学校を卒業したEDFのトップマネージャーたちや労働組合のリーダーたちはこぞって、「すべてを原発エネルギーで賄う」企業方針をパリの政府だけに留まらず、小さな田舎の村一つ一つに至るまで浸透させるだけの影響力を持ち続けてきたからだ。

グローバルにこの分野をリードするカリフォルニアの太陽エネルギー企業サンパワー社ですら、フランスでは成功できなかった。彼らはフランスの石油マルチ企業トタルを2011年に買収してEDFをつまずかせようと思ったのだが、目論見どおりにならなかったのだ。「原子力ロビーはいまだに強力だ。国中で彼らの原発があらゆる税金を使って政党や市庁舎に金を出している」とパリのサンパワーのマネージャーフランソワ・ル・ニーはEDFに対する彼の長年の戦いを説明している。「公式には再生可能エネルギーを推進しているが、実際には1%以上にはならないのだ」と。

新しいエネルギー移行法は、それをこそ変えるつもりのようだ。ここにははっきりと目標が書かれてある。2030年までにフランスの発電の40%が再生可能エネルギーで満たされること、2025年には遅くとも、フランスの国内電力の50%しか原発による発電であってはならない、としている。しかしそのためにはフランスでは「文明変換」が必要だと、国立太陽エネルギー研究所の所長ジャック・ル・セニュールは認めている。EDFだけでなく、あらゆる市庁舎、そして市民たちが電力の消費と生産について新しい考え方をするようにならなくてはならない、と大統領が研究所を訪れた際に、ついでのように述べている。

しかし、誰がフランス人に考え方を改めるよう強制するのだ? 「我々が陥っている罠は、安い電力料金です」とジャック・ル・セニュールは語る。再生可能エネルギーが電気料金を高くした場合に、フランス人の誰がそれをよしとするだろうか?

ここにEDFのごり押しの権力がある。EDFは、かかる費用に合わせて電力料金を値上げする代わりに、原子力経済の結果かかる費用を消費者に請求書の枠内で払わせる代わりに、借金をするのである。国家が所有者として保証をするので、EDFはそれが可能だ。債務は370億ユーロに膨れ上がった。これは年間の売上高の約半分に相当する。 

これは本来ならスキャンダルのはずだ。というのも、借金は税金を払う市民がいつの日か払わせられることになるからだ。しかし、この自己欺瞞に終わりを告げようとする人は誰もいない。大統領ですら、同じだ。そして約束のエネルギー移行法を実現するためには、電力料金は上がらざるを得ない、さもなければどんな刺激策や補助金を持ってきてもEDFと競合しようとする会社が市場占有率を上げるのは難しい。しかし、電力料金を極端に値上げすれば、反対運動が高まるだろう。そんなことはオランドはできっこない。エネルギー移行法はどうあれ、だ。