2013年6月11日火曜日

図書紹介『希望をつむぐ高校』


『希望をつむぐ高校
──生徒の現実と向き合う学校改革

菊地栄治 著 岩波書店刊 1800円+税

著者は早稲田大学教育・総合科学学術院教授という肩書きの方。1996年に、国立教育研究所で主に高校教育改革研究プロジェクトにかかわり、全国の高校から提供された資料を通読しているときに、大阪府立松原高校の実践報告と「あゆみ」となづけられた資料に出会い、胸躍るような感動を得たという。長い引用になるが、菊地さんと同じ位置からのスタートをするためにお許し願いたい。

「世間では高校を一流校、二流校、三流校…と、いわゆる序列をつけています。それは大学進学にのみに価値をおいた考え方であり、それによって人間の価値さえも決定するような誤った考え方です。(略)国立大学へ何人受かったかによって順位をつける考え方は、社会で必死に生きている一人一人の人間を侮辱した考えかたといえるのではないでしょうか。(略)他人のことにかまっていられない人間は、知らず知らず人を差別する事を許容し、人間らしい温かな思いやりを失っていきます。また総ての人々の心を荒ませていきます。その時にまず最初に切り捨てられていくのは、社会的に弱い立場の人々です。障害者や、部落民や、在日朝鮮人や……母子家庭、父子家庭、貧しい家……の人々です。松原高校は、この高校間格差を否定するために作られた学校です。いわゆる一流でも、二流でも、三流でもない学校、仲間を大切にし、権利を奪われた者が生き生きとし、生きることの意味、そのための学力を身につけるために作られた学校です」

なに念仏を言っているのかとさえ言われそうな文だと思う。でもこの書を読むと、この文が空念仏ではないことがはっきりする。菊地さんが、ハッとしてすぐ飛んで行ったということにも打たれる。松原高校は中卒を受け入れる職場がすっかりなくなり、子どもたちをなんとか高校に進ませたいと求める部落地域の親たち、また、地元中学を卒業させても受験校ばかりで、進めさせる高校がないことに悩んだ中学校との願いでつくられた、大阪府立高校だ。だが、差別されてきた生徒たちが素直に勉学に打ち込んでゆくはずがない。その難問を引き受けた教師陣が、いくつもの試練、対策、驚くべき工夫の末に、いまの松原高校があることを、菊地さん自身の眼で如実に見たと、ここに報告されている。奇跡のようなことを成し遂げていくのは工夫されたシステムのせいではなく、一人一人の教師の「まごころ」の成果であったのだ。

菊地さんは、「現代の若者たちは、現実社会の限界を読み取り、希望を見いだせない状況にある。希望が朽ち果て、公正な未来を展望しにくい、いわば『希望劣化社会』を生きている。」と書いている。私たちも同じ絶望を生きているが、ときどき、「希望」を与えてくれる人の存在を識ることがあり、また希望をつないで生きつづけることができる。この1冊を要約して紹介することはできない。一言一言に重みがある。夢物語ではなく、まっとうな人間がやりぬいた事実を、どうか読んでいただきたいと切望する。
(凉)

反「改憲」運動通信 第8期21号(2013年4月10日発行、通巻189号)

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