2012年11月21日水曜日

いい人生とはなにか?


いい人生とはなにか? 

いい人生とはなにか? 私もそれを聞きたい。そしてみんなが「自分にとっていい人生とはなにか」考えてほしい。どういうふうに生きたいか? どんなふうに子供たちに育ってほしいか? そういうふうに考える時間を多く持つことによって、リベラルな経済的な考えなどまったく馬鹿げた、非人間的なものであることを自覚するようになれば、少しはましになるのではないか? それとも、そういう私もナイーブなのだろうか? でも、こうした「ナイーブ」な問いかけを、ハーバードの先生もし続け、しかも信奉者が多いということなので、少し安心した。ことに、私がこの記事を読んで感心したのは、「練習と慣れ」の点だ。正義や民主主義も「練習」を積み、慣れていかなければできるようにならない、というのは、まさにそうだ!と思う。それで、この記事を訳した。(ゆう)

いい人生とはなにか?
Was ist ein gutes Leben?
資本主義批判
金がすべてではない。哲学者マイケル・サンデル(Michael Sandel)の新著は、資本主義にモラルによる限界を設定しようと試みる。ハーバードで彼にインタビューした。
エリザベート・フォン・タッデン(Elisabeth von Thadden)報告

ツァイト紙2012年10月25日付

彼は千切れた入場券をまだもっている。ミネソタ・トゥインズがドッジャーズと戦った7度目の野球の試合で、当時12歳だった彼はお父さんの横に座り、ドッジャーズのピッチャー、サンディー・クーファックスがトゥインズを破り、優勝杯を手に入れるのをがっかりして眺めていた。それは1965年のことで、入場券は当時、たった8ドルしかしなかった。今ではトゥインズの試合だと72ドルはする。それも、当時はまだなかったスカイボックスの桟敷席と比べたら、まだ安い方だ。今は金持ちと貧乏人の席は天と地くらいに離れている。そしてミネソタ・トゥインズの花形選手は年間2300万ドル稼ぐ。80年代前半からネオリベラルな数十年を経て、野性剥き出しの市場は、ミネアポリスのこの少年の情熱そのものであったスポーツもまんまと征服した。そのかつての少年が現在、人間を二極に分ける金がもつ力の話を語る。マイケル・サンデルである。

サンデルはとっくに「グラウンド」を替え、今ではハーバード大学で哲学を教えている。彼の正義に関する講義はとても有名で、数年前から世界中の哲学者の中で霊媒能力のあるスーパースターのような扱いを受けている。政治学者たちの部屋があるクネイフェル・ビルの4階で彼はジャケットを脱いで座っているが、決してだからといって貧相には映らない。サンデルはマスコミとの応対に慣れていることを顔に出さない。この日は、窓の外でも伝説的なインディアン・サマーの輝きは灰色の雨を駆逐することはない。サンデルはそこで、アメリカが遅まきながら、どう自分自身を理解するか、という論争をなぜ始めなければいけないか、説明している。

2012年11月19日月曜日

回答ばかりでなく責任ある行動を


回答ばかりでなく責任ある行動を
学術専門家・研究者にもっと持続性に対し意欲を燃やすようにとの批判が増えている。科学年では、さまざまな意見が対立した(ドイツの連邦教育・研究省が2000年来テーマを決めて、学術専門家・研究者と一般の交流を深めるため催す企画。2012年のテーマは「未来プロジェクト・地球」だった)。Christiane  Grefe報告
ツァイト紙2012年10月25日付
Verantworten statt antworten

タイトルはちょっとした言葉の遊びとなっている。Antwortenという動詞は「答える、回答する」で、それに「Ver」という前つづりをつけると、Verantwortenという「責任を負う」「責任をもって行動する」という動詞になる。要するに、ああいえばこういう、というごまかしの答えばかりして人を煙に巻かず、しっかり責任を取れよ!ということで、それは日本のいわゆる「その道の専門家」諸君に言いたいことではないか。持続性、という言葉が言い出されてから久しいが、(地球上で一握りの)人間は、過去数十年の間に、自然環境を猛スピードで荒廃させ、毒を撒き散らし、生命を脅かし、遺伝子まで組み替え、はては細かい網の目を駆使した複雑なシステムを世界中に張りめぐらせて甘い汁を吸い、その他の(99%?)人間たちはそこから身動き取れずに数十年のあらゆる「毒」の後遺症に喘いでいる、というのが実際の姿だ。先日、フランスとドイツの共同テレビ番組ARTEで報道された番組を見たが、それは世界中でその「毒撒き散らし」システムに対抗し、地道に、しかし確実に、しかも成功しながら真の「持続性」を実践している人たちの紹介だった。ここでは日本の「提携」システムが画期的な方法として、世界でもどんどん真似され始めていると、紹介されていた。原発は「トイレのないマンション」と呼ばれることになっているが、私はこの表現が好きではない。トイレがなくては困るのは確かだが、ほんとうに私たちが出す糞尿だけなら、生分解性だし、何にも残らないだけでなく、むしろバイオガスにも、肥やしにもなりうる。原発の出す猛毒をそんなものと比較してはいけないではないか。原発は「反持続性」の一番トップに来るものだ。しかし、人間・動物・自然環境を脅かしているのは、残念ながらそれだけではない。人間らしい、地に足のついた自然に優しい営みを取り戻していくために、やらなければいけないことは途方もなく大きい。それは、私たちがここ数十年やってきたことの大きなツケだ。個人が、自分のできることから始めていくしかない。「安価」を求め、「目先のこと」しか考えないのはもはや、無責任以上の大きな「罪」なことであり、さらに大きな、取り返しのつかないツケを次の世代に回していくことだと自覚しなければいけない。持続性に関しては、私たちもあまりに「便利」な生活に浸っていて、気づかずにおろそかにしていることがたくさんある。それで、どんなことがいわゆる学者たち、学会への批判として取り上げられているか知るために、この記事を訳すことにした。ここで取り上げられて3つの批判は、日本にもそのまま当てはまる。経済界からの大学への資金の流れをどうにか変革しなければ、いつまでたっても学界は経済の言いなりでいわゆる「御用学者」ばかりを生むことになる。変えていかなければいけないことばかりだが、それも今までの「ツケ」というわけだろう。(ゆう)
本文はこちら:http://www.zeit.de/2012/44/Nachhaltigkeit-Zukunftsprojekt-Erde-Wissenschaftsjahr

ウィリアム・クラークはある「出世」の記録を見せた。過去30年の間に学術文献の中で「持続性」というテーマがどれだけなじみ、使用されてきたかを、パワーポイントの急上昇の線グラフが、示している。ハーバード大学で持続性科学を専門とする教授である彼は、こう皮肉る。「今に、この言葉はほかのどの単語も追いやってしまうでしょうね!」しかし、この皮肉の言葉が内に秘めているものは、ジョーク以上のものだ。ここには致命的なパラドックスがほのめかされているからである。

金融危機、天然資源の欠乏、気候変動にもう疑問の余地がないことはわかった。未来の世代が、それでも充分に水、裕福な生活、土、教育があてにできるようにするには、生活も経済も決定的に変わらなければいけない。しかし、すると今度は農業担当の政治家が、地元では「持続性」の名のもと、土を大切に扱うことが大切、などと述べておきながら、同時に、別の大陸を訪れては、何百万ヘクタールもの土地で燃料や家畜のえさ用にモノカルチャーを当然のように要求する。都市で菜園を営む人たちが柵で囲われていない土地で野生の種をいろいろ育てている同じ場所で、経済界の人間が熱心に、数少なく残った最後の土地をコンクリートで固めていく。あらゆる都市の市庁舎、国連会議、企業、大学などでの討論はどうやら、次のことしかもたらさなかったのではないか。「信憑性の問題」である。つまり、持続性とは中身のない空っぽな決まり文句になってしまったのだ。

これは単に政治的配慮が足りないからだけだろうか?それとも、学界も問題の一部なのだろうか?なぜ学者たちにはこうした矛盾が解明できなかったのか?こうした疑問をめぐり、教育研究省主催の科学年「未来プロジェクト・地球」で多数のディスカッションが行われたが、その中で意味のある激論が交わされた。テーマの核心は、昔からある利害対立だ。つまり、社会的責任と学界の自由という対立である。

研究で世界を細かく解体するあまり、相互関連が見えなくなる

活発な議論をもたらしたのは、実は学界の外にいる批判者たちである。これは環境保護団体や教会から、財団法人、労働組合にまで及ぶ。しかしドイツのユネスコ委員会も一緒に議論を戦わせているし、環境研究所、研究所や小さい大学が集まって新しく設立し持続性科学同盟(NaWis)も議論に参加している。彼らは共同で「ベルリン・プラットフォーム」をつくっているのだ。10月末に彼らはまた会合することになっているが、核を成しているテーゼはこうである。「研究と学問は世界をあまりに細かい部分に解体しすぎて、相互関連が見えなくなっている」というものだ。だから農業転換、エネルギー転換、モビリティ変換などに対してこれだけたくさんの提案が出されながら、複雑な現実に対応できないのだ、と。

2012年11月18日日曜日

市民測定のすすめ


「市民測定のすすめ」

おすと えいゆ著

ZDFのドキュメンタリー『フクシマの嘘』を私が東京平和映画祭のためにもう一度訳しなおした時、専門用語のチェックをしていただいた「おすと えいゆ」さんという方がベルリンにいらっしゃいます。私も、ベルリンに住むようになって、この間やっとお会いすることができました。彼はこれまでにも、ポツダム会談が行われ「原爆投下が決定された場所」に広島・長崎広場 をつくる、というプロジェクトをたて、実際に広島、長崎から「被爆石」をポツダムに持ち込み、そこで「原爆の意味を問う」広場を完成させた方です。そのおすとさんは、長いこと東ドイツにお住まいでした。彼は、東ドイツ、西ドイツで、チェルノブイリの事故の後、どんな風に市民が政府が、ではない)自分と子供たちを守るために対処したか、しっかりご覧になったわけですが、今回、フクシマの事故が起きて以来、フクシマでも当時のドイツと同じことが繰り返されていること(政府、東電がはっきりとした 情報を出さない)から、日本でも市民が自分たちの手で自分たちと子供たちを守っていくしかないことを痛感し、当時ドイツで実際に食品の放射線測定をやり、経験を集めたドイツの人たちと一緒に日本の 市民の測定所を応援されています。
その彼が、ドイツで、チェルノブイリの事故の後、どういう風に市民が考え、行動し、自分たちの手で生活を、ことに子供たちを守るべく動いたかを、すばらしいレポートにまとめました。そのリンクをここに記しますので、長いですが、PDFフィルをダウンロードして、ぜひお読みください。彼の洞察は深く、レポートの隅々に彼の真摯で、誠実な人柄が感じられ、今の日本の市民にぜひ読んでいただきたい内容です。
おすとさんから回ってきたメールの一部と共にリンクを記します。

*****

チェルノブイリ事故後のドイツの状況について小生がまとめたリポートをネット上で公開しましたのでお知らせします。タイトルは『市民測定のすすめ』です。チェルノブイリ事故後のドイツで起こった市民測定の開始から、食品の汚染状況の推移(食品類毎にグラフを入れています。ただし農水産物の汚染で加工食品ではありません)、食品中のストロンチウム90の推移、今も続く森林での汚染状況、食品の汚染(特にキノコ、イノシシの肉 など)、初期段階の健康影響(出生児の男女比の変化、ダウン症の増加。小児細胞芽腫瘍の増加など。ただし、これらはヨウ素131の影響だと見られ、ドイツでのヨウ素摂取量の少なさが原因である可能性もあります)。その他、疫学調査の問題、犠牲者認定の問題、測定値の読み方、市民の自立などについてまとめています。A4で88ページあるので、以下のサイトで目次を入れて各章毎にもダウンロードできるようにしてあります。 



みなさんの参考になれば、その他にも役立てていただければ。リンク、拡散は自由ですが、まずざっとでも目を通してからご判断ください。リンクした場合は一報いただけるとうしれいです。引用は出典を明記していただければ自由です。ただし、掲載されている地図、グラフ、写真(筆者撮影以外の写真)はこういう形でダウンロードできるようにするという条件で使用許可をも らっているので、これらの引用は不可です。

紹介『メディアと原発の不都合な真実』


紹介『メディアと原発の不都合な真実』

上杉隆 著 技術評論社 刊
1380円+税

主に新聞やテレビニュースから情報を得ていると、どうも時代遅れになっていると感じはじめていた。古い人間はパソコンとつきあうのが億劫で、ネットであちこちしているとアッという間に時間が消える……とか。しかし3・11以後、周囲から聞こえてくるフクシマの様子とエダノの記者会見とでは、話の程度が違いすぎることに愕然とした。新聞もテレビもエダノや保安院の言葉そのままで、あれには皆もウンザリした。この原因は「記者クラブ」にあると言われはじめ、そのクラブについてもっと知りたいとこの本を手にした。

上杉さんは著者紹介によると、NHK報道局員や衆議院公設秘書、ニューヨークタイムス東京支社取材記者などを経て、2002年からフリージャーナリストになり、2011年に自由報道協会を設立した、とある。

「記者クラブというものの横並び意識で、誰かが書くまでは書かない。誰かが書いたら一斉に書くという構造があるからなんです。それって、実際にやっていることはカンニングに他ならないんですね。(略)答えを教え合って書く。取材時のメモも見せ合っている。それが『メモ合わせ』なんです。/『記者クラブというのは税金で作り税金で運営している組織なんです。(略)法的根拠を言いなさい』というようなことを言うと、誰も答えられません。なぜなら法的根拠なんてないからです。唯一あるのは昭和33年の大蔵省管財局通達。それが『報道機関に便宜を供与する』と言ってるだけなんです。」

ジャーナリストたちが国家に援護してもらって、排他的な仲良しクラブをつくって、お互いに抜け駆けがないように監視しあい、互助しているなんて、世界中に例をみないことではないか。上杉さんがドイツに行ったとき、「日本はなんでインターネットの情報を社会的に利用しないんだ?」と質問されて、「基本的に日本のマスコミはインターネットはインチキだと最初にいろいろレッテルを貼ってしまったために、そこから脱却できないでいる」と答えている。記者諸君は個人的にはインターネットの情報をたくさん得ているに違いない。ただ記者クラブ情報に依らずに記事を作ってはならない仕組みなのではないか。

「日本では『客観報道』が公正中立でよいとされているけれども、そんなことを言っているジャーナリストは世界でもいません。そんなバカげたことは全くありません。それこそ神でもない限り、客観というのは無理なのです。日本のNHKがやっている『客観・公正・中立』というのは役所から見た報道のことです。」役所の広報係りならそれと名乗ってほしいものだ。一般人が「混乱」しないように、当たり障りのないようにニュース団子をこねている連中はジャーナリストではない。自分たちは大人のつもりで、人びとを子ども扱いにする悪癖は、この国の津々浦々、多方面に及んだ病弊だ。公正な立場なんてないのだから、自力で情報を集め、判断していかなければ。そうすれば、「記者クラブ」に依存している報道機関をもう少しマトモにでき、世界のレベルに追いつけるかもしれない。フクシマ関連の大本営発表への具体的指摘が多々あり、一読を。
(凉)
反「改憲」運動通信 第8期11号(2012年11月7日発行、通巻179号)

2012年10月27日土曜日

福島の魚の放射能汚染は今も変わらず


オンライン・シュピーゲル 2012年10月25日付
日本の原発事故
福島の魚の放射能汚染は今も変わらず
クリストフ・ザイドラー(Christoph Seidler) 著
Reaktorkatastrophe in Japan 
Fukushima-Fische strahlen noch immer


事故の規模を考えれば当然のことで、今更驚くことではないが、海と山の幸で生きてきたはずの日本人が、これだけ「すでにしてしまったこと(起こったこと、ではない、自分が加害者である)、それが原因で今起きていること」に関し、かくも鈍感、いや鈍感以上にどうしてこんなに(知っていて)目をつぶろうとするのかは、どうしてもわからない。日本人は、八百万の神々をあらゆるところに祀って、その怒りを鎮めようと祭りごとを行ったり、豊穣に感謝したりしてきたのではなかったのだっけ? もともと「まつり」という言葉は、「たてまつる」から来ており、神々を奉る祭祀を司るも、政治を司るも、同じ意味ではなかったのだっけ? 政治の政は「まつり」でもある。今の政治家が祀っているのは時には恐ろしい姿も現す、人知、人力及ばぬ偉大な自然ではなくて、「経済」という名の、貪欲で顔なしのお化けになってしまった。(ここでもう一度、宮崎駿の「千と千尋…」をようく思い出してみよう。あの「顔なし」や顔がひん曲がりそうになるほど臭い神の体内から出てきた汚物のことを…)
この記事、また英国「サイエンス」誌などでの報道に関し、梶村太一郎さんがそのブログで詳しく報告していらっしゃるので、そちらもご覧ください。(ゆう)
http://tkajimura.blogspot.de/2012/10/blog-post_26.html



ガイガーカウンター持参で買い物(2011年4月一ノ宮で撮影):
放射能物質は今でも食物連鎖に入り込んでいる。
つい最近も、カリフォルニア沿岸で汚染されたマグロが捕獲されたばかりだ。
放射線量は日本の制限値を下回ってはいたが…


事故のあった福島原発近郊の海でとれる魚の放射能汚染は、1年半前と変わっていないことが、最新の研究調査でわかった。いまだに放射能源が2つもあって、それが海の生物を汚染しているため、汚染値が下がらないのである。

東京 / ハンブルク:セシウム134、セシウム137、ヨウ素131 … フクシマの原発事故直後、科学者たちは事故を起こした原発が隣接する海水でこれらを測定した。海には放出された全体の放射線値のうち、80パーセントが行った、汚染水を通じて、または海のほうに流れた放射能の雲によって。

国民を守るために日本の官庁は、事故を起こした原発付近の海水での魚類の捕獲を禁止した。さらに許容汚染制限値が下げられた。原発事故の前からドイツではほとんど日本から魚は輸入されていないので、ドイツの魚愛好者たちは心配する必要はない。

フクシマの原発事故が起きてから、すでに1年半が経っている。しかし生物の放射能汚染は低下していない、という結果がこのたび、アメリカのマサセッチューセッツ州にあるWoods Hole Oceanographic Institutionという海洋研究所の研究員Ken Buesseler氏が、科学雑誌「サイエンス」最新号に発表した研究で明らかにされた。

事故後2週間も経たない2011年3月23日以来、日本の農林水産省が福島県だけでなくほかの県でも海洋生物を組織的に調査している。この時の農林水産省の調査結果をもとに、Buesseler氏の調査は行われた。彼は全体で8500件以上の個体測定結果を評価した。

それでわかったことは、次のとおりだ。ほかの県に比べ、福島県で捕れる魚は、平均を上回って強く汚染されている。調査された魚の約40パーセントが、1キロ当たり100ベクレルという制限値を超えている。ただし、結果は魚の種類によってかなり異なる、ということである。

福島県より東にある茨城県でも、ほとんどの場合で制限値をわずかに上回っただけとはいえ、許容されているより高い汚染が確認される魚があった。福島より北にある宮城県で許容値より汚染度が高かった魚は4尾だけ、そして岩手県、千葉県では、調査された魚はすべて、許容値を下回っていた。

測定値のばらつきには注目すべきであろう。ことに汚染度が高いのは、海底に生息する魚である。福島県沖では8月に1キロ当たりなんと25000ベクレルも放射能汚染されているアイナメが見つかっている。これは制限値を250倍も上回っている。

「値はちっとも下がらない」
今回の調査で驚くべきことはしかし、このような統計的に「珍しい例」ではなく、なぜいまだに海洋生物が1年半前と同じように放射性セシウムにこれほど汚染されているのかという疑問である。「値はちっとも下がらないのです」と、シュピーゲル・オンラインの質問にBuesseler氏は答えた。普通なら魚は摂取した放射線物質を毎日数パーセントずつ排泄する。しかし、魚たちは明らかに、どんどん新しく放射性物質を体内に取り込んでいるらしい。

彼に言わせれば、日本官庁の測定を疑う理由はないという。Buesseler氏は独自に2011年夏に測定を行い、同じような結果に達しているとのことだ。従って、データは次のようにしか解釈することはできない、すなわち、今でも放射線で汚染された水が原子炉から海に流れ込んでいる、それから汚染されている海底の土が常に放射線物質を海水に放出している、ということだという。「このプロセスが両方とも並行に進行しているのです」とBuesseler氏は言う。

ということは、放射性物質がさらに食物連鎖に入りこむということである。カリフォルニア沿岸でも、汚染されたマグロが見つかっている。放射線量は日本の制限値を下回ってはいたということだが…

Buesseler氏は彼の調査結果でパニックを引き起こしたいわけではない。例えば、対象となった地域の海水で泳いでも、心配することはない、魚を1尾くらい食べても、大して問題はない、という。しかし、彼が心配するのは、汚染が持続している事実だ。「事故の実際の規模がどれだけのものであったかを公に議論するために、測定結果は重要だ」と彼は語る。

汚染がはっきりした場所ではこれからも漁業が行われるべきではないと、彼は要求している。それも、数ヶ月ではなく、何年もの間である。真実のところ、おそらく何十年といった単位であろう。破壊した原子炉から海に排出される汚染水がたとえいつか止まったとしても、この問題はまだ長い間持続するだろう。

セシウム137の環境での半減期は、30年である。


2012年10月16日火曜日

キューバの女子欠落問題


キューバの女子欠落問題
Kubamädchenkrise

20121011日付ツァイト紙

先日、フクシマをたびたび訪れ、あらゆる正当な警鐘を鳴らしている核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の医師たちが世界保健機構(WHO)に、福島での健康調査を拡大、疫学調査を実行し、すでにミリシーベルト以上の被爆をしてしまった人たちの包括的な記録作成を始めることを申請する手紙を読む機会があったが、その中でIPPNWの医師たちが、ことにこれからの福島近郊での生殖に関する影響(奇形、死産、流産、そして “verlorene Mädchen“〔姿を消す女の子たち〕の現象)について組織的に調査していくべきだと言っている。この「姿を消す女の子たち」というのは、被爆によって女子の出生率が低下する現象で、これはチェルノブイリ後、ウクライナを始め、ヨーロッパ各地で見られた事実だ。そうしたら、ツァイト紙で以下に訳すような小さい記事を見つけた。放射能にはまったく国境はない。まして、日本も今、あらゆる形で放射能に汚染されたものを国内のみならず、海外に撒き散らしているのだ。現在進行中のことは、これがSFでなく現実だと思えば思うほど怖く、気が滅入る。(ゆう)

本文は、残念ながらオンラインのツァイト版では見られません。

キューバの女子欠落問題

フィクションが現実に追いつくのを待つには、忍耐が必要だ。しかしこの忍耐は時として報いられることがある。ウクライナのチェルノブイリで原子炉が爆発したのは26年以上も前のことで、実際の被害者の数はこれまで常に予想よりぎくしゃくと少ない方へずれてきた。

しかし、今になってやっと異様な事実が現れた。キューバの出生統計である。これによると、チェルノブイリ事故の1年後である1987年に出生した男女の比率がめちゃくちゃになってしまっていたことがわかった。女子100人に対し、男子は118人という率である。「American Journal of Epidemiology」を書いた著者は、この「キューバでの女子欠落減少」に対し「生物学上明確にできる説はない」としている。しかし、「zeo2」という雑誌が調査をさらに進め、説明を見つけることに成功した。チェルノブイリ事故があったときは、まだ冷戦時代だった。キューバにいる社会主義の兄弟たちに放射能で汚染された食品を送ったのは誰だ? ソ連である。ソビエト連邦に所属していたのは? ウクライナである。これで「女の子の欠落」は説明がついた。

2012年10月5日金曜日

原発ストレステスト


原発ストレステスト
落第点の多いヨーロッパの原発
南ドイツ新聞2012年10月1日付

原発を牛耳る輩は、どこも似たり寄ったり。日本の記事ばかり追っていると、あれほどのことがあって、これだけ地震が多く、火山だらけの島国でなぜ、とどうしたってこの原発にしがみつく吸血鬼たちの様子に頭を振るばかりだが、それは世界でも同じようである。「原発は安い」「二酸化炭素を出さない」という嘘はヨーロッパでもまかり通っているし、少しでも金のかかる安全対策は、すぐに踏みにじられるのは、経済というロジックが本当に人間の生活、生命とは別のところで論じられていることがわかる。どうしてこれだけのことがあって、皆目を覚まさないのか。(ゆう)
原文はこちら:http://www.sueddeutsche.de/politik/stresstest-fuer-atomkraftwerke-schlechte-noten-fuer-europas-meiler-1.1484339

チェルノブイリとフクシマの事故が起きてしまったからには、これからはすべて改善され、より安全にしなければならない。というわけでEUの原発でストレステストを行い、その結果が発表された。数多くの原発に欠陥が見出された。ドイツでも、である。

診断結果は明らかだが、その通達にはためらいがある。というのも、通達内容が厄介ものだからだ。ヨーロッパの原発には重大な欠陥がある。EU内で稼動している原発134基の安全基準はかなりまちまちである。1986年のチェルノブイリ事故後も、合意した安全対策をまったく実現しなかった原発がかなりあった。ドイツの原発でも、成績の悪いものが一部にあった。

以上のことが、南ドイツ新聞が手に入れた、ヨーロッパの原発(EUのほかにもスイスとウクライナが参加)で行われたストレステストの最終報告書の草案にすべて書かれてある。エネルギー担当委員であるギュンター・エッティンガーは、この報告書を水曜日にブリュッセルで同僚たちに提出することになっている。その後、この報告書はまた密封されて閲覧できなくなる。公衆が公式にこれらの欠陥について知ることになる前に、10月18日と19日にブリュッセルで、ヨーロッパ各国とその政府首相たちはこれらの情報を掴まなくてはならないのだ。

これは不愉快なことになりそうな気配である。というのも、欧州委員会では、これから数年、安全上の欠陥を改善するためには、既存の原発1基ずつにあたり3千万ユーロから2億ユーロを投資しなければならないと見積もっているからだ。つまり、合計で100億から250億ユーロである。これほどの額を出すのは、どの政府にとっても楽なことではない。わずかな金もユーロ危機の克服のために流出が求められる今となってはなおさらだ。「改善の必要性がこのまま残るとすれば、大問題を抱えることになる国がいくつもあるだろう」と、ブリュッセルのあるEU高官が語った。

フランスはヨーロッパ全体で一番の欠陥リストを抱えている。フランスはヨーロッパの中で一番多く原発を稼動している。しかし、ドイツの原発にも欠陥がある。委員会は、設置されている地震警告システムが不十分だと批判している。さらに、国際原子力機関(IAEA)が要求している重大事故の際の指導基準も不完全にしか実現されていないという。月曜日にエッティンガーは、これらの欠陥を「過小評価」してみせようとした。一般の安全に関する状況は「満足のいくものだ」とエッティンガーはスポークスマンに言わせている。ただし、「だからといっていい加減にすることは許されない」と。

約束した改善策を実現せず
ストレステストをめぐっては初めから評価が定まらず、環境保護者たちは、ストレステストは不十分だと批判していた。もともとエッティンガーはテロリストによる攻撃やサイバーテロなどもテスト対象に入れたかったのだが、フランスとイギリスがこの案に強く反対して、ストレステストは結局、ことに洪水や地震などの自然災害だけに主に集中して行われることになってしまった。テロ攻撃やサイバーテロの危険については別の独自のグループが担当して検討したが、このグループが5月に公開した結果はかなり曖昧なもので、ことにIAEAの推奨に従うよう求めている。IAEA自体は、「管理機能」は一切果たしていないことを強調している。

調査報告書はまず、国内の原発を稼動する会社や官庁によって作成され、それから外国およびEU委員会の専門家チームによって審査されることになっていた。しかし、これさえもやりすぎだと思う者があったようで、管理チームを構成するに当たって国が拒否権を保持する合意ができた。6月には最終的報告書ができていなければならなかったのだが、38基の原発しか訪問調査されなかったことから、エッティンガーが追加改善を求めた。安全性の欠陥が批判されたチェコのテメリンにある原発や、フランスのフェッセンハイムなどは、文書上だけで審査されたという。9月になって初めて、さらに8基の原発が訪問されて調査をやり直した。

環境保護団体BUNDは、エネルギー政策転換を早く行うよう求めている。「真の安全は、原発を止めることからしか得ることはできない」とBUND代表のフーベルト・ヴァーグナー氏は語る。緑の党連邦議員団のシルヴィア・コッティング=ウール氏も、同じ意見だ。「調査結果を重視するなら、筋の通った結論を導き出さなければならない。フクシマがあった今でも、約束された安全改善策は実現されていないのが現実だ」と。